咬合崩壊からのインプラント治療
〜歯根破折と歯周病による咬合崩壊を起こしていた患者様〜
今回は、歯が割れてしまったり、大きな被せ物が外れてしまって、食事もとれず、ご飯が噛めなくなったと来院された患者様のお話です。数年前に体調を崩され、大きなご病気で入院されていたそうです。入院期間中は、お口のケアができるような余裕のない状態だったため、お口の中が一気に悪くなってしまったとのことでした。初診来院時、ほとんどの奥歯が割れてしまっており、痛みでお食事が取りづらいだけでなく、悪くなってしまった歯の見た目を気にされていたのか、口元を手で隠しながらお話しされていたことを記憶しています。
詳しくお話を伺うと、ご病気も良くなり、体調も戻り、気力を取り戻されたそうで、「つらい時期に心身ともにボロボロになってしまい、健康の大切さを痛感したから、口の中もちゃんと治して、口元を綺麗にしたい!」と、非常に前向きに治療を希望されていました。
積極的な治療を始める前に、患者様にしっかりとカウンセリングを行い、ご自身のお口の中の状態を把握していただくことから始め、治療方法、費用、治療期間など、いくつかの選択肢をご説明し、患者様が「自分に合った、向いている」治療計画を選択していただき、それをゴールとして設定しました。


重度の歯周病と虫歯に感染しており、状態がかなり悪かった上顎の歯は、残念ながら残すことができなかったため、インプラント治療を選択されました。下顎の歯は、歯周病治療と咬合補綴治療(噛み合わせと歯の形を被せ物で修復する治療)で、なるべく歯を温存することを目指し、割れてしまっている左下の奥歯3本に関しては、骨造成を伴うインプラント治療を選択されました。
まずは、残せない歯を抜歯し、仮の治療用総入れ歯を作成していきます。インプラント治療前の仮の総入れ歯ではありますが、歯の見え方や噛み合わせなど、全てを厳密に考え、問題がないかを確認していきます。
まず、この段階で、きちんとした総入れ歯を入れるだけでも、今までと比較すると格段に食事を噛むことができるようになります。見栄えも良くなりましたが、やはり「噛む能力は健康な歯と比べると2〜3割程度」と言われています。よりしっかりとお食事で何でも噛み切れることを目指して、インプラント治療へと移行していきます。

治療用の入れ歯で正しい噛む位置を決定し、それを基に正しいインプラントの位置を導き出し、インプラント治療の準備がスタートします。


CTレントゲンから、コンピューター上で理想的なインプラントの位置、方向、深さをシミュレーションします。それを基に、サージカルガイドを作成しました。患者様の負担を軽減するため、大規模な外科処置は静脈内鎮静法(寝ているような状態にする麻酔)で行い、サージカルガイドを使用することで、神経や血管などを避け、安全で精密な位置にインプラントを埋入でき、手術時間も短縮できるため、身体的な負担も最小限に抑えられるよう考慮しました。実際の手術時間は1時間程度です。手術後は、健忘作用により、怖かったことや辛かったことはあまり記憶に残っておらず、患者様は「すごく楽だった」とおっしゃっていました。どうしても患者様に負担の大きい処置はありますが、様々な手段で負担を軽減し、痛みや腫れなどの不快症状を少なくするよう努めております。


残していく歯も、歯周病が進行してしまっています。骨がかなり溶けてしまっており、歯周初期治療で歯肉の炎症(歯周病菌の感染)は改善したものの、深い歯周ポケットと顎の骨が溶けている部分に関しては、完全な改善が見られない場合は、必要に応じて歯周外科処置を行います。今回は、歯周組織再生療法を行うことになりました。歯周病で炎症を起こしている組織を徹底的に洗浄し、感染源を取り除いた後に、骨と歯肉の再生療法を行いました。

続いて、左下の歯が割れてしまっており、その感染が周囲の顎の骨を大きく溶かして失っていた部分へのインプラント治療を進めていきました。これまでだと、骨がなくなってしまった場所へのインプラントはできないと言われていた時代もありますが、骨を増やす処置を併用することで、インプラント治療の適応範囲は広がりました。今回は、骨補填剤(人工骨)を使わずに、患者様ご自身の顎の骨を移植することで、自分の組織なので馴染みや治癒力が高く、治療期間も短いという利点から、この方法を選択しました。

インプラントが自身の骨と結合する期間を待ってから、骨だけでなく歯肉も失っていたため、丈夫な歯肉の移植を行いました。自分の組織なので治りも良く、インプラント治療の長期安定のために行なっています。

理想的な位置にインプラントが配置され、歯周病の治療も終わったところで、被せ物の製作へと移っていきます。まずは、以前の入れ歯からインプラントを土台とした仮歯へと新しく作り替えていきます。噛みやすいバランスと、患者様が気に入ってくださる歯の位置、形を考慮して作っていきます。製作過程では、患者様のお好みで歯の長さや、笑った時の見え方など、細かい部分の審美性(1)を突き詰めていきます。実際にお食事で使っていただき、噛み心地、顎の関節や周囲の筋肉に異常な負担がかかっていないかなど、機能的なチェック(2)を行います。時には、実際に咀嚼能率検査(どれくらい噛めるかの検査)やフードテストを行い、評価することもあります。
そして、ご自身で歯ブラシや歯間ブラシなどが届きやすく、お手入れができているか(3)を確認します。最終補綴装置(被せ物)に先立って、このプロビジョナルレストレーション(治療用仮歯)でテストドライブすることで、問題点があれば修正を行います。必要に応じて、さらに作り替えをすることもあります。この段階で、「入れ歯と比べて格段に食べやすくなった!焼肉も何でも食べれる!」とご満足いただけました。どの患者様も、治療用仮歯の時点で「これ(仮歯)でいい!」とおっしゃられることが多いです(笑)。

最終補綴装置(被せ物)が入った状態です。患者様のご希望された色合いのセラミックで被せ物を製作しました。治療後、患者様は「何でも食べれるのはもちろん、見た目もすごく綺麗になった。人生が変わったわ!」と、少し泣きそうな顔で喜んでらっしゃいました。ご家族、患者様の旦那様にも「すごく良くなった。先生には感謝しています」と言っていただけて、私も思わず嬉しくなって、胸が熱くなりました。治療期間は2年半ほどかかってしまいましたが、可能な限り患者様の要望に沿った治療にご満足いただけて、本当に良かったです。



最後に
お口元の印象も美しいですし、笑うときにとても自信を持てるようになったのでしょう。すごくお綺麗なバランスのスマイルです。ご病気をされて落ち込んでいた患者様に、少しでも笑顔を取り戻すお手伝いができたのではないかと思います!お口の中に綺麗な歯を提供するだけでなく、患者様の笑顔のために、私はこの仕事をしています。
好きなものを何でも噛めて食べられる喜び、美しい口元は、間違いなく患者様の人生を変えます。出会う歯科医院によって、大きく変わることもあります。これからこの状況を、なるべく長い期間、メインテナンスで維持していきたいと思います。これからも長いお付き合いになるかと思いますが、精一杯フォローしていきますので、ぜひよろしくお願いいたします。
患者様お一人おひとりに最適な治療方法は異なります。当院では、お悩みや治療へのご希望を丁寧にお伺いするカウンセリングの時間を設けております。当院の理念である「患者様の笑顔のために」をモットーにやっておりますので、どうぞお気軽にご相談ください。